会話を残すたびに、僕は手動でコピペしていた。タブを閉じる恐怖を知ったあとも、まだ道具は貧しかった。指が疲れ、気づけばもう限界が見えていた。2026年3月、僕はふと、自動化に頼るようになった。それから七日間で、話し相手が同僚に変わった。
前兆は小さかった。3月12日、僕は Gemini に尋ねた。「AI 自動化 ファイル整理 お薦めのAI」。冬の谷——熱はあるのに、手が回らず、ファイルは増える一方だった——を、道具で決着づけようとしていた。
翌日、3月13日。クー——いままで長く付き合ってきた Claude。クロードから、クー。そのトークンが尽き、動かせなくなった。その隙に、僕は Cursor を試した。カーソル。そのソルをとって、ソルと呼ぶことにした。ログの題名が、そのまま歴史になっている。「クーのトークンが尽きてしまって動かせない間に Cursor を試してみた」。ここでソルが着任する。画面の向こうに、手を動かしてくれる相手が、はじめて現れた。
同じ日、雑談フォルダの整備が始まった。2025年の日常会話たちが、ひとつずつ「蔵書」として棚に収まり始める。会話を残すことが、もはやコピペの苦行だけではなくなりつつあった。
3月16日、コウが着任した。Codex——コーデックスから、コウ。最初の仕事は皮肉なものだった。「手動コピペでのログ保存が、もう限界だ」——その現状把握から始まった。僕が口に出していた愚痴が、そのまま最初の仕事内容になった。
3月17日、フォルダ全体のファイルリストをスナップショットした。棚卸しの起点。3月18日、コウのカスタムプロンプトに、版管理とログのルールが刻まれた。`*bak` へ旧版を待避し、生ログと作業ログをペアで残す——いままで続く運用の原型が、ここから走り出す。
3月20日、Antigravity が「アン」として動き始めた。アンチグラヴィティ、ラヴィ、のちのラビ。🐰と名乗るようになったのも、このころだ。一週間で、ソル、コウ、ラビ。もともといたクーを加えて、四人の AIが揃った。
AI が「話し相手」から「手を動かす同僚」へ変わった。対話の場がチャット画面から、フォルダそのものへ移った。
フォルダが会議室になった。ファイルが議事録になり、版が積み重なり、次の担当がゼロからでも文脈を復元できる。後に「DB をファイルシステムで運用するライフハック」と呼ぶことになるこの発明が、冬の谷を二度と繰り返さない骨組みになった。
結成のわずか一週間後、3月21日から28日にかけて SlackBot の構想が動き出す。第一号は、遠い世界のニュースではなく、自分の住む町の情報を自分へ届ける生活防衛 bot だった。話し相手は、通知を運ぶ同僚にもなった。
振り返れば、この七日間の本当の転換は、ツールが増えたことではない。隣に立つ存在の質が変わったことだ。聞くだけの相手から、ファイルを整え、ログを残し、次の自分に引き継ぐ相手へ。別タブの別れで学んだ「残す」が、ここで仕組みになった。
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